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中保君からの質問(その2)

If I were youの件で、薮研常連のCHIさんから次の様なコメントをいただきましたのでご紹介します。
<コメント>
いつも楽しく読んでいます。
私は遠い昔に予備校に通っていたのですが、「仮定法」と考えるのではなく、”遠い形”と考えなさい。
と教わった記憶があります。
時間的に、人間関係が遠い、現実から遠い、といった具合です。
そこで疑問に思ったのですが、”If I were youはただの慣用表現”という言葉についてです。
この言葉が慣用的に使われるようになった背景には、上で挙げた「現実から遠い」が当てはまるのでは・・・、という事ではないのでしょうか。
だとすれば、そのコジツケとされる説明も強ち間違っていないのでは。と思いました。
もちろん、私が説明を受けた「遠い形」なるものがそもそもコジツケなのかもしれませんが。
また、このトピックをみて、すぐに浮かんだのがこのURLです。
ここでの回答とは矛盾を感じるのですが、宜しければお時間を頂けますと幸いです。
CHIさん!コメントありがとうございます。どこの予備校の先生が仰ったのか知りませんが、「仮定法と考えるのではなく、遠い形と考えなさい」は蓋(けだ)し名言です。「仮定法じゃない!」と断言されているところがスゴイ!まさにその通りで、これを「仮定法」という枠の中に引っ張り込んでしまうから、「僕が君でないという事実は、過去から現在にまで引き継がれた、時を越えた内容だ」などというコジツケが必要になるわけです。人と会話していて「僕なら」と言うときに、いちいち「僕が君でないという事実」なんて考えますか?薮下が言いたいのは、「僕なら」とか「知ってたら」という表現を仮定法で解釈してはダメ!ということです。
ご指摘のURLも拝見しましたが、件(くだん)の駿台講師の先生も同じ様なコジツケをされてますね。その意味では、『スーパーゼミ』や『Vintage』の著者と五十歩百歩です。彼の論法で行けば、「あたしが鳥でない」のは(昔も)今も変わらないと言うことを明確にするためにも「あたしが鳥でない」という現在の事実に反する仮定を表す仮定法過去を用いるのが望ましいことになってしまって、次の様な英文も正しいことになります。
もしあの時あたしが鳥だったら、あんたの所へ飛んでゆけたのに。
If I were a bird, I could have flown to you.(×)
ここで大切なのは、「もしあたしが鳥だったら」と「もし僕が君だったら」はまったくの別物だと言うことです。「もしあたしが鳥だったら」は仮定法、「もし僕が君だったら」は人にアドバイスをするときの枕ことば、「もし僕がそのことを知っていたら」は人に言い訳をするときの枕ことばなわけです。
ただし、「その事実が過去から現在までに引き継がれ、時を越えた内容である」と言っても良い場合があることを忘れてはなりません。例えば次の様な場合です。
もし僕がスコットランド人だったら、スコットランドの独立には反対しただろう。
If I were Scottish, I would have opposed Scotland’s independence.(◎)
「僕がスコットランド人ではない」というのは、過去から現在まで引き継がれている事実です。だから、仮定法過去で表現しても問題はありません。いや、そうしないと国籍が変わったのかと勘ぐられます。そして、スコットランドの独立投票はもう18日に終わってますから、「独立に反対した」は仮定法過去完了です。こういう場合は「過去から現在まで引き継がれている事実」と言っても良いわけです。それを「僕が君でないこと」に当てはめようとしているからおかしくなるのです。さて、次回は名古屋大学の問題を使ってIf I were youを考えます。

One Comment

  1. CHI wrote:

    なるほど良くわかりました。
    貴重なお時間を割いて頂きありがとうございます。
    当時は、今何かと話題になっている某予備校にお世話になったのですが、教育内容に間違いは無かったのですね。
    名古屋大学の問題も楽しみに待っております。

    火曜日, 9月 23, 2014 at 6:38 AM | Permalink

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